2009年9月30日

寄付と宗教

天道思想 現在の中国がある地域において、収穫物は天より人が預かっているものであり、その預かり物を個人の意思で濫

りに使うのは王でさえも許されないとの思想があった。

寄付の歴史は、宗教と非常に強いつながりを持っている。宗教活動それ自体は生産を伴わないため、宗教活動のための費用

を何らかの方法で調達する必要がある。そのため、ほとんどの宗教では信徒から寄付が集められることとなった。多くの場

合、こうした寄付は(例えば日本では寄進やお布施などと称されたが)、一義的には神や仏に対して捧げられるものと認識

されていた。

また、ほとんどの宗教では、貧困者救済などのための寄付が奨励されている。これをイスラームではサダカ(自由喜捨)や

ザカート(制度喜捨)といい、仏教では喜捨という。キリスト教でも喜捨的な寄付が広く行われているが、これらの他の宗

教にも、喜捨的な寄付は半ば普遍的に見られる。以上に見るとおり、近代以前の世界において、寄付は、非常に強い宗教的

背景を持ちながら実施されていた。

近代に入り、欧米諸国で貧富差の拡大が顕著となっていくと、キリスト教精神に基づいて各種の慈善(チャリティー)が行

われ、社会福祉の一翼を担うようになった。寄付も慈善の一環として実施され、福祉の一環に位置づけられるようになった

。欧米諸国の中でも、アメリカ合衆国や連合王国などでは自助の精神が強く、政府に頼らず民間での寄付が盛行したが、北

欧諸国などでは政府が福祉を担うという社会意識が比較的強く、民間の寄付は英米ほど盛んとはならなかった。福祉部門に

係る負担を民間の寄付が担うか、政府が担うかという差異がここに現れている。なお、年末の募金活動「社会鍋」を行なう

救世軍も、イギリス発祥のキリスト教会である。


日本の寄付文化
奈良時代の頃から、利水・治水や橋・道路建設などの公共事業のため、仏教僧が民間から奉加(ほうが)と呼ばれる寄付を

集める勧進が行われていた。中世は自力救済の時代であったが、民衆の間に頼母子講などの相互扶助が始まった。これは集

団で金銭を貯蓄し貧困者などに順番で供与するという、寄付と同様の機能を持った相互扶助であった。近世に入っても相互

扶助の伝統は継承された。

江戸期の大阪には、「きたのう貯めて、きれいに使う」という精神を美徳として持っていた。そのため、大阪の八百八橋は

皆町人の寄付で作られたといわれる位である。 この「きたのう貯めて、きれいに使う」の言葉の意味は、一言で言えば、

商売上の勘定と、公共への支出の勘定は別であるという意味である。つまり、商売上はきたないといわれる程に無駄を省い

て、倹約に倹約を重ねて資本を蓄えるのが商人の美徳だが、しかし、商売から離れれば、人として、世のためや人のために

はできるだけの事をやるのが美徳であるとの価値観のことである。 この様な精神は明治以後にも続き、中ノ島公会堂の公

共施設や美術館、小学校などが市民の寄付で作られた。しかし、第二次大戦で大阪が灰燼に帰し、商業の中心が東京へ移る

と、このような精神も「お上中心」の消費都市である江戸文化の延長の東京では「下らぬ」ものとなり、日本全体には広が

らなかった。

『ウィキペディア(Wikipedia)』引用

寄付詐欺があるなんてとても考えられないです。

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